生きること Hakoniwa b. ガーデニング

明日を信じられること

08/01/2021

 

つくり途中の棚や、構想中のベランダや

散らかった洗面台

なにかが途中だってことは、わたしに明日の存在を、かすかに感じさせてくれて

なにかを完成させないことは、まだ自分には未来があると、希望を感じられる命綱のようなもので

 

わたしはだから、ピタリと裾の位置を揃えるのが苦手なんだよな。

この家にいてよくそう思う。

 

オードリーヘップバーンの、

To plant a garden is to believe in Tomorrow.

 

庭に、花や木を植えることは、明日を、信じること。

 

この言葉を最初にみたときに、

なぜ自分がガーデニングを始めたのかの理由がわかったような気がしたんだけど

それは年々、刻々と自分のなかに確かに芽吹いて

一日や二日で完成しないものに

毎年季節を重ねるごとにしか、出来上がっていかないそれを

作ろうとすることは

 

「自分がまだ、3年後に生きている」ことを信じることと

同義語なんだなと思うようになった。

 

 

明日、自分はもう生きていないと
恐怖に慄いた日々に

祈るようにして小さな花に水をあげつづけた記憶

 

すこしづつ過去に融けて

わたしは未来に向かえるようになった。

 

たくさんのひとや、山下さんがこうして手を引いてくれたおかげだ。

 

「バケットリストをつくるの」

死ぬまでにりゅうじとやりたいことを、書くんだよ。

花木センターに行く、一緒にタリーズにいく、一緒にスタバにいく、一緒にお風呂に入るでしょ、それを一個づつやってくの。

 

夢だった、手をつないで散歩に行くを叶えてもらって、今日植えるゼラニウムのことを想う。

 

草取り名人は今日蚊に刺されてちょうちょの羽が半分落ちているのが拾えなくて、試練だったんだけど

今日で14日が経過した。

 

わたしには、明日がある。

彼の手を握り、未来を感じ、それを信じることができる。

 

 

こんなに幸せなことは無いよ。

生きていることがただ、尊いよ。

 

洗面所に、彼の歯ブラシが置いてあった。今日から8月になる。

嬉しかった。

 

 

 

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