「居なくならないけどね」 どれだけぶつかっても、正面から、支援を放棄するつもりはないと そう言ってもらえること これまで、生きるために必要な支えを 幾度となく失ってきた自分にとって それが、どれほどの深い安心か、どれほどの支えかどうか きっと言った本人は、わからないと思う。 そしてそう思えば思うほど、自分の感謝や安心は重圧を増して、それは跡形もなく壊れていった。 今も、そういう言葉を […]…
潤に会えた翌日。 憑き物が取れるように、ピンカさんのリーディングどおり、長年の心身の疲れが抜けてゆくような気がした。 落ち着くまでにはまだきっと時間もかかるし、大きな難関の、引っ越しのあと、会うという最大の難関を なんとか終えて本当にほっとする。 そして最後、潤に何を言われても動じない自分に出会えたら、きっとこの先わたしは何が起きても大丈夫だとそう思う。 辛く真っ暗なト […]…
死んだお母さんは、ほんとうに豊かな人だったんだなと そう思うたびに、惨めな生活がすこし、潤ってゆくようで 安心する。 そんな母は、もう居ない。 自分がおもう、豊かさを これからは、自分たちの手で作り上げてゆかなくてはいけないんだ。 それでも今、タオ君と2人、毎日「すごい田舎だね」と言いながら暮らす生活は、今までの過去と比べると、とても貧相で、惨めになるけれど そのおかげ […]…
あたらしいくるまを見るたびに、3333が嬉しいとはしゃぐタオ君。 抽選が当たった日の明るい声のことは、この先もきっとずっと忘れない。 「ママ!!びっくりニュースがあります!!!」 階段から降りてきて嬉しそうな声を本当に久しぶりに聞いた夏だった。 なにもかもに見通しがつかない夏休みに、ふたりで必死に山梨にいく準備をして最後、またその希望の光が消えた同じ日に、車がやってきた […]…
外国に出産をしにいくと周りに言った時、相談できるような人は誰もいなくて、なぜなら、それを応援したり是非を判断したり、軽々しいわけではないという意味や、理由を理解できる人は、ひとりも居なかったからだった。 自分が生きるために、生命を繋いでいくために必要なことを知っているのは、いつもこの世界に自分だけだった。 世界が差し出してくるそれを、選り好みしたりわがままを言ったり、傍若無人に振る舞ったり、子供じ […]…

