彼に出会ったのはかれこれもう6、7年になると思うのだけど、前世では何度か一緒だったらしく、初めて彼を見かけたときの双子感といったらすごかったw
あまりに似すぎていて、苛立ちと嫌悪感と怒りと、まるで鏡を見ているような激しい憎悪にわたしは彼に嫌がらせをしつづけ、彼は彼でわたしに嫌がらせかよという辛い仕打ちを、お互い何年も手を焼いた。
でも、今から振り返ると結局のところ、自分の最も醜い姿をさらけだしたときに、
平然と「や、ぼくはそれでまいを嫌いになるとかは、ありえない。」と丸ごと全てを受け入れ続けたひとは、彼以外にはいなかったのだった。
おそらくだけど、彼にとってのわたしもまた、ひとには到底言えないようなw醜態を晒しつづけたときに、不動の愛をかけつづけるような女は1人もいなかったのだろうと思う。
おとなの発達障害のパートナーは知っておいてほしいのだけど、いわゆるパニックや、攻撃的になったり暴言や自傷するとき、わたしたちはどんなに人の道に外れたように見えることをしていても、【SOS】を出している。
まっさきに助けられなければいけないのは、暴れている本人なのだ。
わたしの旦那さんは、そして最初の頃、わたしが繰り返しパニックを起こしてひどいことをいいつづけたとき、止めなかった。
本来は、「正す意味ではなく」「助ける意味」で止める必要があるのだけど、彼はじっと、わたしの言動を注意深く観察していたようだ。
あれから数年が経ち、彼は観察を続け、どんなにひどい仕打ちをうけても何の疑いもなく愛することを続けたのち、”さて。どう解決していこう”とさらりと、混乱するわたしを
ひょいと一瞬で収めることができるようになった。
これまでパニックを起こすたびに人に相談すると、「彼の愛を確かめたいの?」と言われたけど、実際発達障害のパニックは脳機能の問題なので、愛を確かめるもくそもない。
結果
そこで本当に最後、残ったひとは、この人生で終生「ほんとうにこの人は最後までわたしを愛してくれるのか?」というテストにパスしたのかもしれない。
しかも出会った瞬間に、このひとがいい。と恋焦がれて、好きで好きで、魂の底から震えるような共鳴に何度も泣いて、お互い強く愛していることがわかっているのに
なお手に入らなかったひと
すべてをぶつけて、愚かで醜い自分の弱さもなにもかもぶつけて、
そしてお互い成長して、いまこうして、もう一度一緒になれたのだとしたら
この世界でいま孤独に理解されない場所で、ひとりで戦ってるみんなにも
必ずそういう人がこの世界に1人はいるんだと言いたいんだ。
愛を確かめる試験は「こんなわたしでもいいですか」「こんなぼくでもいいのかな」は、
1度パスしたら、永久資格。
最も辛く厳しい試練は、一緒になる前に乗り越えなければいけなかったから
今そしてこれから、ほんとうに安心してわたしは彼の手を握って歩いてゆけるのだと思う。
「それだけはやっちゃいけないことでしょ」
「それだけは言っちゃいけないことでしょ」
を、誰にも受け入れてもらえずに苦しんだ過去を経て
今、わたしには
「そんな行動やことばにしなきゃいけないほど、苦しい理由があったんだね」
をそばでわかってくれる人と、生きている。
あなたにようやく辿り着けて、良かった。



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