まま、ごめんね

06/16/2022

なおちゃんが、様子を見にきてくれた。

腫れ物を扱うようにして、人びとにこうやって距離を置かれるとき

ボロボロに傷つけてくる人たちよりも、もっと傷つく。

タオ君が、そばで、何事もなかったように一緒に過ごしてくれて、気遣いあって、なおちゃんは、わたしが一度も助けてほしいと言わなくても、さりげなくそうして、足を運んでくれる。

辛かったことや、嫌な出来事や、あってはならない酷いことも

なおちゃんと短い時間過ごすと、あたかかくて、自分がまだ

人として、ちゃんと見てもらえていると感じる。

 

なおちゃんや、アキちゃんや、わたしを

そう言うふうに、ちゃんとひとりの人としてあつかってくれる人は、決して多くはないし、ほとんど居ないけれど

ちかくになおちゃんがいてくれて、よかったと思った。

 

夜、連日の最低な騒動に疲れていたタオ君に、やきそばを残しておにぎりを作ろうとしたら、「ママ、ごめんね」と言われた。

なにをごめんねなのか、全然わからなくて、食べ物を残すといつも怒るからそう言ったのか、わからなかったけど

旅行の後、ママはずっとサポートがもらえずに倒れていて、そんな中で外食や弁当が続いて、警察に連れてかれて、もちろんわたしも疲弊の骨頂だったけど

でもタオ君を気遣わないわけにはいかなかった。

 

お茶に氷を入れるか訊いて、お茶を用意して、おにぎりをさっと作って,

むしろこっちがごめんね。いつも辛い思いをさせてしまってごめんと

そう思いながら、話すと

「ママ、ごめんね。なんか、おにぎりとかお茶を用意してくれて、ありがとう」とそう言った。

 

タオ君は、わたしもズタボロの中でそれをやってることに気づいていて、

それを思いやる余地があり、タオ君も疲れているのに、周りに優しさをかけるだけの愛がある。

 

ひとりひとりが、ただ小さなことを分け与えあえたら、わたしたちは絶対に、こんなふうに、どんな辛いときだって愛の中にいられるのに。

 

周囲の人たちを思って、本当にかなしかった。

 

悲しかったけれど、タオ君や、なおちゃんは、その「なにかできることを今する」大切さや、優しさをかける大切さや、人を、人として扱う尊さのことを知っていると思う。

 

たった小さなことが、この世界を支えてる。

ほとんどのひとは気づいてないかもしれないけれど、

それがどれくらいに小さいものであって、どれくらいに些細なことであって、それが、大切な命を繋いでいるということに

 

みんなが気づいてくれる日がいつか、来ますように。

 

 

 

 

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