最近は、立ち上がるとか立ちのぼる、上にむかって立つっていう言葉が好き。
たおくんに、レモンママどうしてすきなの?ってきかれて、どうしてだろうっておもって、
「レモンをかけると、寝てる味とか、ぼんやりした味が、立ち上がってくるからだよ」といった。
たぶん、目覚めるみたいな意味合いの「たちあがる、たちのぼる」っていう意味。
お花用語に「まのび」っていう言葉があって、要は元気に成長することはよいのだけれど、おおきくなりすぎて、重さに耐えきれず、びろーんと結局は下に下がってしまうこと。
この右下の子は、長すぎて下にぐでんと倒れてる。でも長いだけで元気でしっかり咲くの。
このビオラたちは、咲いては切って、咲いては切っても、本当にずっとずっとたくさん咲き続けてくれてる。
でも、ぐんぐん伸びて、最後には間延びする。
垂れ下がって可愛く見せるタイプのお花もあるけど、ビオラやパンジーは少々ちがう。
まのびをするこういう花は、長くなりすぎるまえに、せっかく咲いてるお花はもったいないけど、潔く短く切って、次が伸びてくるのを待つしか無いのだけど、結構たくさん生えて伸びているところを全部カットしてしまうと寂しいし、禿山になるし、ぎりぎりまで伸ばして、伸びすぎたやつだけ切って、すこし残してみた。
そうすると、あるとき、真ん中ら辺の、まだまだ長すぎてグデンと倒れそうなくらい伸びている茎から、とても長いのにもかかわらず、天に向かってしゅっと立っているのを発見した。
とても胸をうたれて、なんて凛々しくて、こう、ぐっと立ち上がっている力強さに生命力を感じて、
そうか、ただ立っている、のと、能動的に、ぐっと、上へ向かう姿は全然違うのだ、そう思った。
長くても、上まで気をみなぎらせていられる茎は、倒れない。
たちあがる、その黄色のビオラの姿や、レモンをかけたときに、ぼんやりした味の輪郭がくっきりと立ち上がること。
ぼんやりと頭の中になんとなく、描けているような、そうでないような、答えがでているような、でていないような、というようなもやがかった部分も、こうして適当に文章に起こしてみると、まさに、なかったものが「立ち上がって」くる。
「たちあがる」というのは、つまり「命をふきこまれる」という意味なのだ。
世界が目覚める、立ち上がる季節。
便乗したい。
May 10, 2020
Mai
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