わたしが倒れることは、花たちが枯れることを意味する。 いつも、こうして枯れたあとに外に出て水をあげるとき こういう日が二度と来ないようにするにはどうしたらいいかを真剣に考える。 命は全て、支えあって、めぐりあって、繋がれてく。 いのちを繋いでくものの責任として、倒れることは、許されない。 なにかを産み落としたり、育んだり、水をあげていくことは 同時に、自分が生きると覚悟を決めることだ […]…
嵐が過ぎ去ったあと、9月に入ったばかりの日差しがまだとても眩しい。 パニックで倒れることが続いて、いのちからがら身体がボロボロになってしまった翌朝も、悪夢の続きのような時間で起き上がれなくて、 月曜日に学校に行こうとする息子に 悪いが朝ごはんを自分で用意して食べて欲しいと願い出た。 グラノーラに牛乳をかけて、食べてください。どうしても難しかったら手伝うので言ってほしいと言ったあと、遅刻しそうな時間 […]…
ずっと、2人で、いつ3人になってもいいように いっしょうけんめい 準備してきた 永遠にたったふたりで生きるかもしれないとおもいながら わたしが泣くたびに 「ママ、りゅうじはきっとくるから、だいじょうぶ」 なんの根拠もなく そう声をかけ続けてくれた数年間 わたしが山下さんを待っていた間 たおくんもまた、パパになるひとのことを彼なりに、思っていた […]…
恐怖だった初めての夏休みが終わりに近づいてきて、すべてが終わるときのその、安心感に包まれ始めてる。 信じられないほどたくさんのことがあった夏だった。 いつも、信じられないほどたくさんのことがある冬や、 信じられないほどたくさんのことがある春や、 信じられないほどたくさんのことがある秋を ずっと、過ごしてきたけれど それにしても、色濃く記憶に残る、節目の夏だと思う。 &n […]…
大好きすぎて死にそうなくらいに胸がはち切れそうなときに、 【だいすきすぎて、しにそう】 というと、 ある時期ほんとうに死にそうだったママを思い出すせいか、 「ママ、”しにそう”じゃなくて、”だいすきすぎて、ばくはつ”にして。」 と言ってくれるタオさん。 今日は、山下が帰ったあと、 洗濯機の中に、ネットに入れずに洗濯 […]…





