嵐が過ぎ去ったあと、9月に入ったばかりの日差しがまだとても眩しい。
パニックで倒れることが続いて、いのちからがら身体がボロボロになってしまった翌朝も、悪夢の続きのような時間で起き上がれなくて、
月曜日に学校に行こうとする息子に
悪いが朝ごはんを自分で用意して食べて欲しいと願い出た。
グラノーラに牛乳をかけて、食べてください。どうしても難しかったら手伝うので言ってほしいと言ったあと、遅刻しそうな時間にせっせと1人着替えや朝ごはんの準備をする音をおぼろげに聴いて、
それよりも、今日も明日も自分を世話するひとがいない中、自分のほうが無事でいられるんだろうかという思いのほうが強かった。
水も飲める気力も残っていなくて、朝が押すたびに脱水症状に刻々と近づいて意識を失ってくのに、誰もいない。
とにかく毎回救急車を呼ばれるのはごめんだ。それだけを避けるためにほとんど働かない頭を回らせるのに精一杯の時間。
寝室で、「ママ、ここで食べるね」という声だけが聞こえて、
「うん、もちろんいいよ」
とそう言ったら、せっせと机を運んでいる音だけが聞こえた。
数時間後に、1メートル動いては倒れ、また1メートル動いては倒れみたいのを繰り返してぎりぎり水を飲むと、ちいさな机の上に、ちょこんとテーブルマットが敷かれて、ちゃんと朝ごはんをひとりで食べた形跡があった。
でがけに「ママ、洗濯もゴミもやれなくてごめんね」と言った息子に
「うんもちろんいいよ、ひとりでやってくれてありがとうね」とそう言って、ベッドで意識朦朧とするわたしに、ハグをして出かけていった朝

心細く、ささやかで、動じずに頑張ってくれた彼のその達成や
わたしがいなくとも、立派な朝ごはんを自分で一から机ごと用意して、食べて出かけていったこと
2人でこんな切羽詰まった状況に、二度と陥らぬようにと
周囲のみんなの力を借りて、必死で整えようとした最後、ぎりぎり張り詰めた糸が切れてつないでいたビーズが全部、バラバラに切れるようにして落ちた
週末が明けた、壊れたままの静かな朝だった。
たおさんが持っている、整然とした落ち着きや、調和や、細やかに朝ごはんを準備できる力がわたしにも勇気を与えて、これからを
なんとか生きねばと思う時間
まだ、それは続く
しばらくの間距離を取りたいと願い出た、わたしのわがままを聞いてくれた山下さんにも礼を言いたい。





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