ひとりでずっと子育てをしてきて
パパのいいる世界に、憧れた
今まで
小学校の運動会とか保育園の運動会とかで
パパが、存在してるんだと思うと
それだけで、不思議な感覚になることがあって
今日
いつも大好きななおちゃんといとちゃんじゃなくて
いとちゃんが、パパと散歩をしているのをみて
なんだか、胸がほんとうにいっぱいになって
たまらなく嬉しくて、愛に包まれて、まるで自分に家族がいるみたいにして
安心して、あたたかかった。
潤のことを考えるたびに
いろいろなことがほとどおくて
結婚とか家族とか以前に
ほんとうに、なんかもう
生活とか一緒に生きるとか以前に
いつも
めちゃくちゃなところでつまづいて
わたしにはもう、ふつうの幸せは
やってこないのだと思った。
でもきっと、そうじゃない
ひとと生活することは、わたしにとっては他の何よりも難しいことかもしれないけれど、それでも
きっとこの先、ああして
いとちゃんといとちゃんのパパが
ただ、優しい時間を
手を繋いで過ごしているみたいに
そんなふうに感じられる時を
きっと過ごすことができるのだと思う。
ふるさんが、自分じゃ無い人が体験してることも
代わりに体験できるみたいで嬉しいって言っていて
自分もほんとうにそうだ、と思った。
あたたかく、幸せな家族と一緒にこれからも過ごせばいい。
自分が辛くなるような人とは、いなければいい。
なおちゃんは、わたしの好きなひとだ。
暖かくて、そこには家族があって、生活があって、優しい。
ありがとう




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