

ともちゃんのおうちのジョージが、エアコンの風でたくさん葉を落としてしまったんだ、という話を聞いて、ジョージの葉の間から芽が出ていたのを見たわたしは、うちにいるジョージのともだちの子は、もう何年も、春から初夏にかけて、そうしてたくさん葉を落としては、芽を出して、小さな葉がまた大きくなることを繰り返しているんだよ。
と言った。
まんなかにみえる、豆みたいなぶぶん。半分おりになって出てきたところから、ふわっと大きく開いていく。
今日も、人生最大のかなしいかもしれないことが起こったけれど、アキちゃんが電話をくれて、ともちゃんにも電話をできて、落ち着いたともちゃんの知性と、うつくしい鳥がさえずるような可愛らしい声に、いろんなことは大丈夫な気がした。
生命は、常にそこにある。
きょうは、家の中で小さく枯れそうなワイヤープランツの話をしたら、「たとえそれが枯れても、世界にはその種がまだまだ生きているからだいじょうぶだよ、まいちゃん」と言ってくれて、ああ、そうだった。世界には、たとえわたしが悲しいおもいや倒れるような出来事に見舞われていたとしても、それでも、どこかで愛し愛される出来事がちゃんと存在している。
これからも植物が教えてくれることはたくさんあると思う。
一瞬、またいのちを失うのかなとそう思ったけれど、ともちゃんが、
「まいちゃんが幸せであることは世界のひかりだよ」
と言ってくれたことを思い出して、そして生きると思った。
誰かの怒りが今日も、天へ昇華していきますように。




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