生きること ひとりごと・日々

訪れた今日が、まるで最後の日のように

08/06/2021

 

今朝はいろんなことが不安でとても早くに目がさめて、その足で外に出た。

草取り名人を始めて、何日が経ったんだろう。もうじき3週間かな?

 

わたしの記憶は、とても脆い。

みんなよりも、いろいろなことが色鮮やかに鮮明にくっきりと刻まれているのに対して

1日が、バラバラになったり、昨日までそばに感じられた温もりが

あっというまに途切れて真っ暗になったりする。

 

そんなことが起こらぬように、細心の注意を払って生きるけれど、どうしても迷子になることがある。

そんな朝 5時前に庭に出たら、ちょうど、普段夕方に西の空が沈んでピンク色に染まるあの空が、いつもと反対側に現れた。

 

あ。

と思い、昨日の夕方に突然舞い戻ったみたいな感じがして、わたしは昨日の夕方から、今日の早朝にタイムスリップしたみたいにもう一度途切れた記憶を取り戻したんだ。

 

雑誌のインタビュー記事で、

「この作品が最後になってもいいように」

「この仕事が、最後になっても悔いがないように」

そうやって生きるみんなのことを読んで、そうだよなあ。どんな瞬間も、最後だとおもってやるから、本当にすばらしいものが生み出されるんだなって

いつも感動して

わたしは、じゃあ何を、最後だとおもってがんばるんだろうって思った時に

 

「まいにち」という言葉が浮かんだ。

 

わたしにとっての、日々は、毎日は、1日、1日がきっと

とてつもなく、

「今日がきっと最後かもしれない」という気持ちに近い場所にあって

それは、ほんとうに悲しみや不安と隣り合わせでもあるんだけど

 

でも、有名な人の仕事や作品と同じように

自分にとっては、その「まいにち」が、とても大仕事で、偉業で、たいへんな作品なんだと思う。

 

だから、朝陽を臨みながら、

自分がなにを成し遂げたいかを考えるかわりに

 

「訪れた今日が、まるで最後の日のように、きちんとすごそう」

 

そう思った。

それが、もしもこの先もずっと、続くかもしれないし、やっぱり思った通り、最後になるかもしれない。

 

それでも悔いがないように、ただ生きればいい。

 

 

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