Hakoniwa b. ガーデニング

”また来年も植えよう”

11/08/2021

 

小学校一年生の生活で、たおさんは入学してまもなくあさがおの種を蒔いて育てることになった。

その苗を間引きした1つの朝顔の苗を家に持ってかえってきた頃、わたしたちはまだ前のマンションに住んでいて、わたしはボロボロで毎日パニックを起こしていて、生死を彷徨っているような時期だった。

 

ちいさな牛乳の紙パックにそれは入っていて、ガーデニングを悠長に楽しむ間もないまま、捨てるわけにもいかず、わたしはそれを小さなプランターに植えた。

 

最初、こんなに頼りなかった姿だった朝顔の分家(間引きして持って帰ってきたやつ)。

<間引き:おおきく育てるために、メインの葉っぱだけ残して、多すぎる周辺部分を抜くこと>

それから数ヶ月経ち、分家の朝顔は小さな鉢から繰り返し繰り返し綺麗な花を咲かせた。

 

 

 

 

すこしして夏休みになる頃、学校からはこんできた朝顔は、あたらしい家の玄関に着くなりピンクの花を咲かせ始め、わがやの玄関のアイコンになった。

 

すぐに↑学校の鉢は小さくなったので、植え替えた後↓

 

8月も9月も長い間玄関をかわいく彩ってくれて、どんどん、ずんずん大きくなって

毎朝

 

あさがおが家を出るときも帰るときも、出迎えてくれて

ぱっと咲いているのを見かけるたびに、「咲いてるねえ〜✨」と喜んだ。

 

 

10月になってもすっかり咲いてくれていた朝顔だけど、ようやく10月22日になって、そろそろ種や枯れた葉っぱも目立ってきたので片付けることにした。

仕切りいっぱいにツルを這わせていた朝顔を、ひとつひとつ切って片付けるのはとても寂しい。

 

 

 

 

季節の移り変わりや、時間が経ったことを刻々と、わたしに教えてくれるのが花々の成長や、それが枯れていく時だと思う。

そろそろ新しい季節だよと教えてもらったわたしは、秋の晴れた日に1日がかりでそれを片付けるのだ。

 

あさがおを片付けるタイミングで、せっかくなので、ずっと欲しかったけど憧れてただけで、小さいベランダには買えなかった中位のゴールドクレストを買った。

カインズで毎回見かけるたびに、これを買いたいと思いながら通り過ぎて、クリスマスシーズンに、本物のツリーがある風景に思いを馳せた。

それでも置いてみると小さいもんなんだけど、わたしにとってはとっても愛と勇気のいる買い物だった。

エイッという思いでレジに運んだ。

 

車の後部座席に横たわらせてふと運転しようと車に乗ると、車の中に、買ったばかりのゴールドクレストとまったく同じ色の、鮮やかな黄緑いろのカエルがぴょんぴょん飛び跳ねているではないか。

多分買ったツリーに隠れていたんだ!

 

むおーーー!!とびっくりして慌てて駐車場を見回し、近くにいた家族連れに

「か、かえるはだいじょうぶですか」と訊いて、お願いして取ってもらった。

 

虫やらかえるやらに遭遇すると、自分で取れないので必ず誰かに頼む。

ガーデニングや土いじりをする上で、虫が怖いというと馬鹿にされることもあるけど、発達障害にも関係しているらしく、とりあえず怖い。

 

そんなときに、助けてくれた人が、虫やらカエルを優しくティッシュで包んで、「むこうのほうに放してくるね」と小さな命を無下に扱わないところを見るたびに、なんだかその優しさに感動するのだった。

 

いま住んでる隣のペルー人のパパも、いつも虫を取ってくれるんだけど、変に殺したりしない。ちゃんとティッシュで包んでどこかに放してくれる。

それが嬉しい。

いのちがちゃんと、どんないのちでもちゃんと大切にされているところを見ると、ただホッとする。

どんないかなるときでも、この世界の上ですべてのいのちがそうあってほしい。

 

朝顔がいなくなった玄関は、突然こざっぱりとした。

 

 

ああすっきりしたなと思って、ちょっと殺風景になったけれど全身脱毛したみたいな気分になりながら一枚玄関の写真を取って山下さんに送った。

あさがおを植えたあとに、ツルがどんどん伸びてきて、どうしていいかよくわからなかった時にせっせと紐をかけてくれたのも山下さんだった。

上のほうに伸びすぎていたときに適当に散髪してくれたのも山下さんだった。

 

あさがおが育っていく間に、彼がそばに居続けてくれたことが嬉しかった。

 

写真を見た山下さんから、

「ちょっと寂しいな。また来年も植えよう」

 

と返事があった。

 

 

いつか何年もの間、毎年同じ季節を愛するひとと重ねていくことに、憧れた。

ちいさなクリスマスツリーに憧れるのと同じように、いつかそんな日が来ることを祈りながら、山下さんが来るのを待つ時間だった。

 

 

”また来年も植えよう”

 

1年後の爽やかな季節に、彼はきっと、またここに居る。

同じ玄関に、またあさがおが植わって、またツルが伸びて、花が咲く。

 

 

わたしのいのちはまだ、ここに健やかに、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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