本当に人を愛するということがどういうことかを
教えてくれた、人がいて
その人をわたしはずっと、尊敬していて
年も上で、距離も遠く、手の届かない立場で
でもそんな中で彼は、どんな状況に置かれているわたしをも
愛し続けてくれた。
もう二度と会えなくても、それでもいい
遠くにいる彼を思いながら
ときどきふとした瞬間に、心の奥で励ましてもらいながら
わたしは、苦境に立たされたときにいつも
彼のことを思った。
なぜなら彼もまた、この世界で、不条理や理不尽な物事や人々に立ち向かいながら、本当の愛や正しさを諦めずに実行しようとしている一人だからだ。
自分の役割を全うする生き方は、いつも自分のお手本を見せてもらっているようで、先ゆく彼に本当に頭が下がる思いがした。
自分が色々なことに打ち負かされそうになる時に、ほとんどもう、その立場や想いを理解できるような立ち位置にいる人はいなくて
でも彼は違った。
わたしの怒りや悲しみや、それが本当の愛でできていること
そして彼もまた、同じ思いで世界を生き抜いていることをわたしは知っていたから。
遠くで活躍していてくれるだけで、勇気をもらえたし、またいつか会えるまで自分もまた、前に進みたいと思わせてくれるそんな人だった。
ふとしたときに連絡をして、時々何かを送り合って、わたしは彼にもらったものを大切に使っている。
今日、すごく筋違いなことで謂れもないことを言われたことで憤ったわたしは、またクラクラと具合が悪くなりそうで、どうにかしてその嫌な出来事を自分の明るい未来へ進むための原動力にしようとした。
悔しくて、理不尽で、まったく自分は悪くなくて、ただただ世界が嫉妬や偏見に満ちた中で他人のせいにするとき。
人が、誰かの悪口をいうだけいって、なにひとつこの世界は良くならないとき。
わたしは小さいころからそんなことに胸を痛めてきた。
今日もそんな日で
どうしようもなくて、ふと彼を思い出して、短く愚痴った。
わたしが世界のしょうもなさを誰かに愚痴るのは、すごく珍しい。
まもなくして「みんな勝手だよね」という返事がきて
そこには、「逢えるかな」という文字があった。
この数年
わたしはもう彼との縁は過去のものになったと思ったし、実際それでよかった。
なにか喧嘩して別れたわけでもなくて、ほんとうに環境がそうさせただけであって、愛がいつもそこにあったことは
誰よりもわかっていたから。
ただただ出会えたことに
彼がこの世界でまだ生きていてくれることに
世界で、戦ってくれていることに
わたしは愛と勇気をもらえたから。
また会えるんだと思ったら、嬉しさとかドキドキとかよりも
ありがたさと愛で涙がとめどなく溢れてくる。
次から次へ
それは溢れてきて
ああ、こんなにも大切なひとがまだこの世界にいてくれたのだとそう思った。



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